北方領土問題 ロシアと日本の攻防の歴史 

北方領土問題、折りに触れて語られるこのワードは誰でも一度は聞いたことがあるはずです。

しかしその認識は、北海道の北側で何やらもめている・・・その程度の方も少なくないのではないでしょうか。

最近では、ニュースなどでもあまり北方領土に触れられる機会がないように感じられますので、本日はこの問題を取り上げてみようと思います。

北方領土 ロシア

 

北方領土、それはに北海道の北東側、オホーツク海に位置する択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の四島であり、その領有権を巡り日本とロシアが協議を続けている問題です。

尚、現在この四島は、ロシアがまるで自国の如く市民を住まわせるという、不法占拠状態となっているのです。

日本は、北方領土以外にも尖閣諸島という領土に関する問題を抱えていますが、この北方四島は戦後間もなくから占拠を受けておりますので、最も古くから日本が抱える領土問題であるとも言えるでしょう。

ではまず、北方領土が日本固有の領土であることを示す歴史から紐解いてみましょう。

最も古い記録でこの北方四島が登場するのは、1615年(元和元年)に記された松前藩による「新羅之記録」であり、アイヌの方々がこの地域に居住していたことが書かれています。

また、1644年(正保元年)に松前藩から幕府に提出された地図にもしっかりと北方領土の記載がなされていますし、この地の統治を日本人が行っていたことも明示されているのです。

そして1785年(天明5年)には、幕府による調査団も北方領土に派遣されておりますし、その後、日本の領土であることを示す国土標柱まで設置されているのです。

このように、その歴史的見地から見ても、北方四島が日本固有の領土であることに疑いはありませんが、この領土利用に大きな楔を打ち込んだのが、太平洋戦争での日本の敗北です。

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皆さんもご存じの通り、1945年(昭和20年)8月15日に日本は連合国から突き付けられたポツダム宣言を受託し、無条件降伏をします。

しかしながら、降伏をしたからといって戦争が必ずしも終了す訳もなく、ロシア(当時はソ連)は8月8日に日本を攻撃しない旨の日ソ中立条約を破棄した上、8月15日以降も北方地域への侵攻を続けていたのです。

既に日本が降伏をしたことし知っている日本軍でしたが、容赦なく攻め込んでくるソ連を野放しにすることは出来ず、自衛のための戦闘を続けることとなるのです。

そんな流れの中、ソ連軍により占領されたのが北方領土だったのです。

さて、ここまでの流れを見れば、戦いが行われた時期こそ違えど、状況はアメリカに占領された沖縄に近いものがありますから、当然返還を受けるのでは?とお思いになられると思いますが、ここからの流れがこの問題の肝になっていきます。

ポツダム宣言を受け入れ、連合国に降伏した日本はその後、1951年(昭和26年)サンフランシスコで行われた講和条約の締結をもって、主権を回復します。

その後も沖縄へのアメリカの占領は1972年(昭和47年)まで続きますが、無事に日本国土への復帰を果たしています。

しかし、ソ連は1951年(昭和26年)に行われたサンフランシスコ講和条約に署名することなく、北方領土を不法占拠し続けているのです。

ソ連が調印を拒否した理由については様々な説がありますが、他の連合国と足並みをそろえて日本の主権を回復してしまうと、折角手に入れた北方領土を手放さなければならなくなるという計算があったことは明白ですよね。

当然これを受け、日本政府は長年に渡り講義を続けて来ましたが、ソ連はこれを頑として受け入れませんでした。

ソ連側の言い分としては、

●ソ連は戦勝国として千島列島を獲得しているので、北方四島もこれに含まれている。

※含まれていません。

●太平洋戦争前に行われたヤルタ会談(アメリカ・イギリス・ソビエト連邦間で行われた首脳会談)で北方領土の取得が確約されていた。

※ヤルタ会談はあくまで秘密協定であり、正式な日本の国土分割を話し合う場ではない。

という主張を展開していますが、このソ連の態度に対して、アメリカは「択捉、国後等の島は常に固有の日本領土の一部であり、且つ、正当に日本の主権下にあるものとして認められなければならないものであるとの結論に達した。」

との公式見解を示しており、ソ連の主張が正当なものでないことは自明なのです。

その後、ソ連は崩壊し、ロシアと名を変えましたが、北方領土は返還されることなく、現代に至っているのです。

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今、日本政府がロシアに対して求めていることは、北方四島の返還とロシアとの平和条約の締結です。

しかしながら、ロシアは2014年にも隣国ウクライナへの侵攻を果たし、国際社会からのバッシングを受けています。

※あくまでもロシアは自分たちは手を下していないと主張していますが・・・。

このロシアの行動は、冬場でも凍結することのないクリミア半島を自身の傘下に収めたいという思惑のためになされたこととされておりますから、このような貪欲な国を相手に、一度手に入れた北方領土をただ返還するように求めても、そう簡単にことが運ぶ訳がないことは誰にでも判りますよね。

もちろん政府は、この無理難題を解決するべく努力を続けていますが、我々国民も政府の後押しをするべく活動を行っていかなければならないのではないでしょうか。

北方領土問題についてのロシアと日本の攻防の歴史をみれば、今の日本は平和なのだから今もままで大丈夫!などという平和信仰が、もはや通用しない時代になっていることをご理解頂けることと思います。

幕末、身分を問わず祖国のために立ち上がった志士たちのように、私たちも立ち上がるべき時が来ているのではないでしょうか。

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出典 wikipedia

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