哀川翔氏の父親、祖父たちの人生について

哀川翔氏の父親

 

先日、NHKで放送されているファミリーヒストリーという番組を見させて頂きました。

毎回、ゲストの芸能人の方に先祖に焦点を当てるのがこの番組。

時にその放送内容などで、ネットが炎上することもあるようですが、今回の放送(ゲスト・哀川翔)は非常に良い内容だったの思いましたので、感想的なものを書かせて頂きたいと思います。

放送をご覧になった方には少々退屈な内容となってしまうかもしれませんが、ご容赦下さい。

では、哀川翔氏の父親、祖父たちの人生について考えてみましょう。

出典 NHKファミリーヒストリー

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哀川翔氏の祖父

番組によれば、哀川さんのルーツは鹿児島県の武士のご家系であるとのこと。

彼は現在放送中の大河ドラマ・真田丸の中でも、大阪の陣で活躍した猛将・後藤又兵衛を演じておられますし、

プライベートでも昔はヤンチャで鳴らした方のようなので、「さもありなん」といったところですが、ご先祖は島原の乱などで相当な武功を挙げておられた模様です。

そして時代は流れ、話は哀川氏の祖父・家久氏の人生へとシフトしていきます。

この家久氏、非常に学業優秀な方であったらしく、第二次大戦中は満州国の官僚として警察関連のお仕事をされていたそうです。

終戦も近付いた頃には、ソ連と国境を接する街で警察組織のトップを務められていた様ですが、そんな彼とその家族の身に災難が降り懸かります。

当時、日本とソ連は中立条約を結んでいましたが、日本の敗戦が近いと知ったソ連は条約を破棄し、中国に侵攻を始めたのです。

この事態を受け、中国で暮らす日本人たちは、帰国するべく慌てて移動を開始しますが、迫りくるソ連兵を始め、匪賊と呼ばれる中国人勢力も日本人への略奪行為を行っていましたので、その道程は苦難に満ちたものでした。

そこで家久氏は、既に日本に帰国していた長男を除く、妻と子供達を先に逃がした上、自分は100名あまりの守備隊を組織し、引き上げる日本人たちの避難経路確保に奔走することになります。

しかしその活動中、匪賊の襲撃を受けた家久氏は頭部に銃撃を受け、命を散らすのでした。(享年40歳)

また、既に避難を開始した家久氏の妻と子供たちにも悲劇が襲います。

日本に向かう途中、ソ連軍に包囲されるなどの苦難を乗り越えながら旅を続ける一行でしたが、妊娠中の妻は道中で出産。

ところが誕生したばかりの子供は直ぐにこの世を去ってしまいます。

また、出産を終えた妻も、12歳の長女と幼い子供達を残し、息絶えてしまうのでした。

幸い子供たちは、周囲の助けを借りながら日本に辿り着いたいいますが、日本で家族の帰りを待ち続けていた長男の悲しみはどれ程のものであったかは、想像に難くありません。

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哀川翔氏の父

そんな悲劇を経験した長男の名は、哀川氏の父・家興氏といいます。

病気療養のため、家族に先駆けて帰国していた彼でしたが、中国の父から生前何度も手紙を受け取っていたとのこと。

そして、その手紙に繰り返し記されていた言葉は、「お国のために働きない」という父からのメッセージであり、結果、この言葉は父からの遺言となってしまします。

本人としては、「もし自分が中国に居れば、父や母たちの命を救うことが出来のでは・・・」という後悔の念に苛まれ続けていた様ですが、そんな心を押し殺し、終戦後の日本で必死に勉学に励んでいったとのこと。

そして早稲田大学を卒業した彼が選んだ道は、海上自衛隊にてパイロットになるという、父の遺言に即したものでした。

彼はパイロットになるため、自衛隊員となった後も努力を重ねますが、目の病気を理由に一度はパイロットの道を閉ざされてしまいます。

しかしかれの心は折れることはなく、当時は非常に成功率の低い目の手術に挑み、見事パイロットの座を手に入れました。

その後は、良き妻と出会った上、長男の哀川翔氏を含む2人の子供にも恵まれ、幸せな毎日を送っていきます。

ところがある時、二ヶ月の予定で臨んだ徳島県での演習において、再びこの家族に悲劇が襲い掛かりました。

家興氏が操縦するヘリが、他の機体と接触、海上で墜落するという憂き目に遭ったのです。

この時、妻は妊娠中であり、里帰りした実家で夕食を楽しんでいたと言いますが、テレビの速報にて夫の訃報を知ったといいます。

当然、直ぐに現地へと向かいたい妻でしたが、妊娠中の身での長旅は不可能という判断となり、当時五歳の哀川翔氏が母の代わりに遺体の身元確認を行ったのでした。

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日の丸を背負って

ここまでが、番組内で放送された哀川家の歴史となります。

これまで、ヤンチャな役者さん、カブトムシと子供が好きなおじさんというイメージの哀川翔氏でしたが、これ程までの壮絶な過去を背負っていた事実を知り、強い衝撃を受けました。

そして最も心打たれたのは、祖父・父二代に渡り、日本と日本人のために命を張り続けたという事実です。

テレビに出演する戦争体験者の多くは、戦争の悲惨さばかりを語り、二言目には「あの戦争は間違いであった」などと口にされます。

しかし、哀川家の人々は、中国で命を散らしながらも「日本を守れ」という遺言を残し、その遺言を受けた息子も、海上自衛隊の任務のために命を落としました。

安保法案成立の際には、ある芸能人がメディアを通して、「自衛隊が海外で命を落とすんだぞ」などと訴えていましたが、自衛隊の方々の殆どは、家興氏と同じく普段の訓練から命を懸けて任務を全うしておられるのです。

また、自衛官の方にお話を伺えば、安保法案の成立に反対したような左翼の者たちから、自分が自衛官というだけで街中で罵声を浴びせられたり、学校で子供がイジメを受けたりしているといいます。

自衛隊の方の任務の実事情も知らない者が、自分の都合で隊員たちを守れと叫び、私生活で隊員やその家族に罵声を浴びせる、これが左翼たちの実像です。

残念ながら、現在の世界情勢は非常に不安定なものとなっており、自衛隊の方々に危険な任務をお任せしなければならないのが現実ですが、

そんな彼らの国を想う熱い気持ちに対しては、私たちは心からの「尊敬と感謝の念」を持つことこそが、大切なのではないでしょうか。

命を懸けて日本を守ってくれた家久氏・家興氏の想いに応えるためにも、私たちは日本の国土を守り抜かねばならないのです。

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