イジメを克服し、強く生きるために武道を学ぶ

近年、社会問題として取り上げられることの多い「イジメ」の問題。

高度経済成長の頃よりイジメの問題が取り沙汰されはじめ、現在においても日本社会の病巣として、憂慮されています。

実は管理人も、学生時代に何度となくイジメの標的になった経験があるため、イジメについては以前より高い関心を持っておりました。

そこで今回は、イジメ問題に関して、私なりのお話をしてみたいと思います。

イジメ 武道

 

私が初めてイジメに逢ったのは、中学一年生の頃であったと記憶しています。

理由は定かではありませんが、少々鈍臭い性格をからかわれている内にエスカレートしていったのではないかと想像しています。

内容については、今思い出してもなかなかハードなものがあり、机や教科書への落書き、休み時間や放課後の暴力と、ほぼフルコースを味わいました。

幸いなことに、一年程耐えると標的が他の者に移り、しばらくは平和な日々が続きましたが、また改めて標的になるなど、その繰り返しの学生生活を送っておりました。

運悪く、私は中高一貫の私立に通っており、この生活が六年も続くのかと思うと、本気で自殺を考えることさえありました。

出口のない洞窟を彷徨うような毎日、これが私の学生生活の印象です。

どうしたら社会からイジメを無くすことが出来るのか・・・。

当時から散々考えて来ましたが、なかなかその答えは見つかりません。

そんな私がどうにかイジメを克服し、無事に大人になれた理由は、高校一年の時に始めた空手のおかげだったと思います。

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当時流行っていた格闘マンガに感化されてのものでしたが、珍しく行動力を発揮した私は、タウンページで調べた町道場の門を突然叩いたのです。

入門当初は稽古に付いていくだけでも非常にキツく、何度も辞めようと思いましたが、次第に武道の面白味に取り付かれていきました。

そして紆余曲折あり、イジメ問題もどうにか解消され、社会人になる頃には師範代にまでなっていました。

では、空手の何がイジメを克服する結果となったのでしょう。

まず言えることは、空手道場に通うことにより、学校という閉鎖された世界とは、別の世界がこの世に存在するということを実感出来たことだと思います。

得てして中学、高校生時代は、学校と言う世界が唯一絶対の世界であるような錯覚に陥りがちです。

それ故に、逃げ場の無さ、絶望感をより強く感じてしまうように思います。

その点、空手の道場にはあらゆる世界の住人が在籍しており、学校ばがりが世界ではないという事実に気付くことが出来たのです。

また、武道という戦いの場を経験することが出来たのも、非常にプラスになったと思います。

腕力の強い人間に、それも集団で暴力を振るわれると、トラウマの様に恐怖が心に刷り込まれてしまいます。

しかし、真剣勝負の組み手を繰り返す内に「あっ、ここで当たると痛いのだ」「こうすれば反撃が可能だ」等、暴力を単なる恐怖ではなく、スポーツのようなロジックのある行為だと考えられるようになって来たのです。

更には、当初全く歯が立たなかった格上の相手に、工夫と努力を重ね勝利できるようになることで、絶対に歯が立たない相手などまず居ない、そして強くなるためには努力を重ねるしかないのだということを、身を持って学ぶことが出来ました。

そしてある程度、自信が付いた段階でイジメられていた連中への反撃を開始しました。

当然、マンガのように突然強くなれる訳はない上に、相手は複数ですから、何度も痛い目に遭いましたが、イジメを働く者たちは「それ」が楽しいから行っている訳であり、毎回本気で刃向ってくる人間は徐々に煩わしくなっていったようで、徐々にイジメは減少していきました。

もちろんこれは、私自身の純粋な体験談であり、より相手が悪質であった場合や、本人の身体能力の問題、女子同士のイジメなどには適さない事例かもしれません。

ですが、この方法で私がイジメを克服することが出来たのもまた事実です。

自分のお子さんがイジメられている、今正に自分がイジメられているという方には、試す価値はあるのかもしれません。

そして思うのが、武道を学び、学ばせることが、イジメ問題への一つの解決策、克服への道になるのではないかということです。

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武道をやっていれば、心身共に鍛えられる・・・こうしたよくあるお題目を口にする気はありません。

しかし、自分の身は自分で守ることが出来るという自信は生きて行く上で絶対に必要なことですし、暴力や脅威に屈しない心を養うのに武道は大きな効果を持っていると思います。

そして、殴られることが如何に痛いか、倒されることが如何に屈辱的であるかを知れば、他人に無暗に暴力を振うこともなくなるはずです。

戦前までの日本を考えれば、子供同士のケンカは当然とされ、多少の怪我を負わされても、文句を言う親は少なかったと聞きます。

こうした環境の中であれば、自然に子供は身を守る術を覚えていきますし、暴力を振う側も、やり過ぎていけないという自発的な抑制が働いていくのではないでしょうか。

しかしながら、現在のように何かあれば直ぐに親が騒ぎ立て、人権だ差別だと問題になってしまっては、子供たちは身を守る術を知らず、加減することも知らないまま成長し、陰惨な事件を巻き起こすのです。

そして、子供たちを指導する教師や多くの親たちもこうした教育を受けていますから、何時までたってもこの負のループを抜け出せずにいるのです。

どんなに声を大にしても、現在の偏った教育のシステムを簡単に変えることは出来ません。

ならば自分自身の身を守るため、お子様の身を守るために武道を始めてみては如何でしょうか。

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また、近年頻繁に発生する通り魔事件についても、多くの者が武道を学べば、高い抑止効果が生まれると言われています。

秋葉原や柏などで発生した連続殺傷事件では多くの死傷者を出すこととなりましたが、これが韓国やアメリカであったならば、被害は半分以下であっただろうと言われています。

その理由は、彼の国々では徴兵制などを通して、多くの人間が身を守る術、暴漢を制圧する術を知っているからです。

もちろんいくら武道をやっていても、一人で暴漢を制圧するのは困難でしょうが、いずれの事件も凶器は刃物で犯人は一人ですから、武道の心得があるものが数人で取り押さえれば、誰も傷つくことなく制圧することが出来るはずです。

イジメを克服するため、そして社会の治安を守り、暴漢による死傷者を減らすためにも、武道教育の推進は有効な手段であると思います。

現代空手の父と言われている方の言葉にこんなものがあります。

「正義無き力は無力なり、されど力なき正義もまた無力なり」

教育関係者の方の多くは、まるで憲法9条のように無抵抗に徹することを子供たちに教えています。

しかし、残念ながらこの世は弱肉強食の世界であり、社会に出た瞬間からこの生存競争の世界に投げ込まれます。

あなたが本当にお子様のことを心配されるなら、本当の強さを如何に幼い頃から身に付けさせることが出来るか。

ここに力を注ぐべきなのではないしょうか。

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