日本人の武士道精神について考えます!

武士道 精神

 

近年、スポーツの世界大会などでの活躍が目覚ましい日本。

野球にサッカー、ラグビーなど多くの種目で注目を集めていますが、そんな時に必ず語られるのが「侍」という表現です。

「決勝に向かう侍たち」、「侍の魂を持つ選手たち」という言い回しはよく耳に致しますし、時にはチームの愛称自体に「侍」という言葉含まれていることさえあります。

また、私たちの普段の生活においても「彼は侍だね」など、褒め言葉としてこの言葉を使う機会も少なくないように思います。

しかしながら、よくよく考えてみるとこの「侍」という言葉、実に広い意味で使われている上、その定義も曖昧なように感じます。

日本人の多くが憧れを持つ武士・侍の精神とは如何なるものであるのか、本日は日本人の武士道精神について考えてみたいと思います。

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葉隠と武士道

武士道精神と聞けば、多くの方がイメージするのが「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という名言なのではないでしょうか。

ご存じの方も多いとは思いますが、この名言が書かれているのは江戸時代中期に記された「葉隠」という書物です。

この「葉隠」、肥前国佐賀鍋島藩藩士である山本常朝が武士の心得として語った言葉をまとめたものと言われていますから、武士の精神性を理解する上で非常に重要な資料ということが出来るでしょう。

私も何度か読んでみたのですが、これがなかなか難解な内容である上、その解釈も研究者によって様々であり、「葉隠」を読んだからといって決して安易に武士の精神を理解出来るというものではないようです。

そして最も解釈の仕方にばらつきがあるのが、先に述べた「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」というフレーズです。

最も一般的な解釈となっているのが、武士たるもの死を恐れるものではなく、死することこそ武士道の真髄であるという考え方です。

日本の歴史を振り返れば、事実多くの武士が命を賭していますし、切腹と言う風習をみても、武士は「死にたがりの集団」というイメージになってしまうのかもしれません。

また、こうした解釈は日本国内に止まらず、海外でも広く知られており、日本と言えば「腹切り」というイメージが定着してしまっているようです。

しかし、死ぬことこそが武士道の真髄であるいう考え方に、私はどうしても納得のいかないものがありました。

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「死ぬ事と見付けたり」の本当の意味

こうした疑問を抱いていてため、葉隠に関する書物はなるべく目を通すようにしていたのですが、そんな中、唯一「これは!」という解釈に出会うことが出来ました。

それは、独立総合研究所元社長で、現在は参議院議員となられている青山繁晴氏の著書「僕らの祖国」に書かれた一節であり、

「死ぬ事と見付けたり」という言葉を、武士は自分の大切にする者たちや、公のため、つまりは他者のために命を懸けるべきであることを説いた言葉であると解釈されていました。

この青山氏の解説を読んだ時、長年思い煩っていた「死ぬ事と見付けたり」というフレーズが実にすんなりと理解出来たような気持ちになりました。

一言に武士、侍といってもその歴史は古く、始まりは平安時代にまで遡らなければなりません。

この時代の武士は貴族たちの用心棒として意味合いが強かったといいますが、源頼朝により鎌倉幕府が開かれて以来、江戸時代の終焉まで700年近く武士が支配階級である時代が続くこととなります。

しかし支配者と言う立場にありながらも、武士はあくまでも戦闘員。

平時は農民たちがからの年貢により糧を得、商人たちからの税金で生活するという暮らしでした。

こうした生活の中で生まれたのが、普段は平民たちの世話になっている分、いざ戦いとなれば一番に命を張ろうという気概でした。

また、非生産的な立場にありながら、支配階級として君臨するにあたっては、誰よりも優れた人間性を持たなければならないという想いもあったはずです。

こうした環境から培われていったのが、武士道という概念なのです。

そして、700年もの歳月を費やして結実されたものが、自分の命は自分のために使うのではなく、他者のために使うことこそが武士の真骨頂であるという考え方だったのではないでしょうか。

近代に入り、江戸幕府が倒れたことにより武士の時代は終焉を迎えますが、この武士の理想、考え方は既に日本国民全体の理想像として広まって行きます。

幕末の動乱期には本来武士の身分になかった者たちが、武士に憧れ多数戦いに身を投じて行きましたし、

明治を迎えてから新たに設置された陸海軍においても、平民出身の兵士を多く抱えながら、この武士の精神が「軍人の心得」として受け継がれていったのも、その一つの顕れに他なりません。

また、我が国の歴史を振り返って見れば、群雄割拠の戦国時代においては、農民も有事の際は武器を取って戦っていましたから、日本は国民全てが武士といっても過言ではない状況にありました。

そして明治維新後も、列強諸国から植民地化されないために富国強兵政策が敷かれ、対外国という意味で国民全員が武士のような気概を持っていたことは紛れもない事実です。

この様に考えれば、日本人自体がその歴史に裏打ちされた「武士体質」の民族であるという言い方も出来そうですよね。

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今こそ武士の心を取り戻す時

しかしながら、日本人のこうした気質を白人至上主義である列強諸国は容認することが出来ず、日本は大東亜戦争へと向かうこととなってしまったのです。

戦後、日本が連合国から強いられた教育は、「こうした日本人の気質を如何に失わせるかにその全てがあった」といっても過言ではありません。

確かに今の社会を見ていれば、個人主義が幅を利かせ、他者のために命を掛けようとする者は非常に少なくなったようにも見えますが、祖先より受け継いだ武士の精神はまだしっかりと私たちの中で息衝いているのです。

大東亜戦争で命を落とされた兵士の方々、そしてこれまで日本のために戦い命を落とされた方々は、その全員が侍であり、祖国のため、民のために命を使いました。

その血を引く我々が、「武器を持たないことが平和への道である」などという妄言を信じるのは祖先たちへの冒涜です。

すっかり骨抜きにされてしまった日本を甦らせるために、武士の精神、侍の魂を取り戻してはみませんか。

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