靖国総理参拝がなぜ問題なのか 靖国神社を考える

東京都千代田区九段北、高層ビルに囲まれる大都会東京の一角に広大な敷地を持つ神社が存在します。

その神社の名は靖国神社(正式表記 靖國神社)です。

毎年のように総理大臣の参拝に関して、近隣諸国からの反発を受けるこの靖国神社がどのような神社であるか、皆さんはご存じでしょうか。

問題になることは知っているが、実は良く知らない・・・。

そんなご意見も耳に致しますので、本日は靖国神社のことについて、書いてみたいと思います。

靖国神社 参拝

 

靖国神社の歴史は1869年(明治2年)に戊辰戦争に倒れた方々を祀るため、東京招魂社として始まります。

その後、1879年(明治12年)に現在の「靖国神社」に名を改め、その歩みを刻んで行きます。

創建された目的が戊辰戦争(明治維新を迎えるあたっての幕府と新政府の戦い)ということもあり、その後は戦争などで日本の為に命を落とされた方々の御霊(みたま)をご祭神として祀るようになって行きました。

ここで特筆すべきは、祀られている御霊、ご祭神の数であり、通常の神社が1柱から数柱であるのに対して、靖国神社がお祀りする祭神の数は2004年現在で、246万6532柱にも及びます。

※神様を数える単位は「柱(はしら)」と言います。

戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、第一次世界大戦、大東亜戦争と、日本は多くの戦争を経験して来ましたが、この御霊の数を知れば、私たちの平穏な暮らしが、如何に多くの方々の犠牲の上に成り立っているかを実感させられますよね。

日本の為に命を投げ打ってくれた方々をお祀りし、感謝の気持ちで拝礼する。

これは日本人にとってごく当たり前のことのように感じますが、では何故、この神社が長年に渡り海外からのバッシングに曝されているのでしょうか。

それはズバリ、大東亜戦争におけるA級戦犯を祀っている点にあります。

このこと自体はご存じの方も多いとは思いますが、では何故A級戦犯を祀ることがそれ程問題になるのかについては、あまり知られていないようですので、少し詳しくご説明致します。

そもそもA級戦犯と言われている方々は、大東亜戦争に日本が敗北した翌年の1946年(昭和21年)に行われた極東国際軍事裁判(通称 東京裁判)にて戦争犯罪に問われた方々を指します。

極東国際軍事裁判につきましては、別の記事で改めて詳しくご説明致しますが、ここでは簡単に概略のみお話させて頂きます。

A級戦犯以外にもB級、C級と、戦犯にも種類がありますので「A級」と聞くと、とんでもない悪人のような印象を受けますが、その定義は世界の平和を乱したという「平和に対する罪」に問われた方々であり、基本的には大戦当時の司令官、総理大臣などの指導者的な立場に立っていた人たちです。

戦争を指導したなら、罪が重いのは当たり前!という方もおられるかもしれませんが、これは間違いです。

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実はこの東京裁判には多くの問題点があります。

①通常、敗戦国が戦争犯罪の裁判を行う際は、敗戦国自身が裁判を行うのが普通です。

大東亜戦争における他の敗戦国(ドイツなど)では、しっかり自国で裁判を行っているのに対し、日本のみが戦勝国による裁きを受けたのです。

これでは公正な裁判が行われるはずがありませんよね。

②A級戦犯の方々が問われた「平和に対する罪」は戦争が行われ際にはまだ、国際法で犯罪とは認定されていませんでした。

つまり、日本の指導者たちを裁くために、戦勝国により後から作られた事後法なのです。

法律において、行われた行為を後から作った法で裁くことはありえないことです。

仮に道路交通法が改正され、60km以上での自動車の走行が全て違反行為になったとします。

この法律が過去に遡るものと定められれば、自動車を運転したことがある人は全て犯罪者となりますよね。

東京裁判ではこれと同じことが行われたのです。

③東京裁判における判事は全てが戦勝国の人間でした。

僅かこの3点だけを見ても、この裁判が如何に不当なものであったかをご理解頂けることと思います。

つまり東京裁判は、戦勝国が敗戦国を裁き、自分たちの正当性をアピールするための茶番劇であったのです。

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当時、アメリカの統治下にあった日本では、東京裁判に対して「不当である」との世論は、マスコミを含め発せられるはずもなく、被告たちは失意の中、刑場の露と消えていきました。

しかし、GHQの統治が終了した1952年(昭和27年)には、A級戦犯たちの名誉を回復しようという運動が起こり、当時8454万人の人口であった日本で、4000万人分もの署名を集めることになります。

こうした国民感情を政府も無視することは出来ず、正式な手続き(国会での全会一致)を執った上で、処刑されたA級戦犯を「公務死」とすることになったのです。

これは日本がA級戦犯の方々を罪人としてでは無く、公務に殉じて亡くなった方々として扱い、東京裁判の結果を否定した上、その名誉を回復させたことを意味します。

また、1958年(昭和33年)には、サンフランシスコ講和条約の関係国11ヶ国からの同意を得てABC級戦犯全ての赦免、釈放が行われていますから、この一連の動きは、日本が独断で行ったものでもないのです。

そして靖国神社へのA級戦犯合祀は、こうした国民感情、国会の決議を受けて行われたものであり、決して罪人を祀り上げている訳ではありません。

では何故、総理大臣が靖国神社を訪れる靖国総理参拝が中国や韓国から問題視されなければならないのでしょう。

実はA級戦犯が合祀されてからも、靖国神社に参拝した総理大臣は数多くいます。

その人数は11名、参拝の回数は計50回以上にも及ぶのも係らず、この間、近隣諸国からの反発は一切ありませんでした。

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しかし、中曽根康弘首相が1985年(昭和60年)の参拝を行ったのを機に、一気に反発が始まったのです。

※ちなみに中曽根首相は1983年(昭和57年)にも参拝しているが、この時もクレームはなし。

これは明らかにおかしな事態ですよね。

それまで日本の総理大臣が靖国神社を参拝していたことは、中国も韓国も知っていたはずですが、この年から突然と言うのは実に理解し難いものがあります。

実はこうした中国、韓国の反発の原因は、日本の某左翼系新聞が掲載した記事にあるという説が有力です。

その新聞社はこの年の参拝に際し、「中曽根首相の参拝を中国が快く思っていない」という内容の記事を掲載しました。

しかしながら、当時も、それ以前も中国の新聞で靖国神社の問題が取り上げられた形跡ははく、日本の新聞社が中国に対して「良いネタがありますよ」と記事を通して情報提供を行ったという疑いが濃厚なのです。

それ以来、これらの国々は靖国問題を外交のカードとして、巧みに利用し続けることとなるのです。

日本人でもあるにも係らず、祖国を陥れるような報道を進んで行う。

それも正式に名誉を回復された方々に対して、こうした行動を平気でするのが、現在の日本のマスコミの正体なのです。

「日本を良くするには、まずマスコミの再編が必要である」という意見は、ここに如実に表れているのではないでしょうか。

靖国神社 合祀

 

また、こうした近隣諸国の反発を避けるために、A級戦犯の靖国神社合祀を止めるべきだという主張や、より中立的な追悼施設である千鳥ケ淵戦没者墓苑に参拝の場を移すべきであるという意見もあります。

もちろん、独立した宗教法人である靖国神社が合祀を行う旨を決めた以上、外部の者が、それも外国の意見を元にこれに反対するのは筋が通らない話です。

そしてそれ以前に、命を落とされた方々の多くが「靖国で会おう!」という言葉を合言葉に、戦友や家族との再会を誓いながら散っていったのです。

その想いが詰まった場所を、国民の代表である総理大臣が参ることにこそ、参拝の意味があるのではないでしょうか。

今年も終戦記念日が近付いて参りました。

例年の如く、靖国問題がマスメディアで取り上げられる機会も増えるとは思いますが、日本で行われる報道が必ずしも真実でないことだけは、心に留め置いて頂ければ幸いです。

また、皆様が靖国神社の近くに行かれた際には、私たちを守る為に尊い命を犠牲にしてくれた先輩方に、手を合わせてみては如何でしょうか。

戦後70年を迎え、祖国を守るために命を落とされた方々の御霊が、安らかに眠れる日が来ることを、心より願いたいと思います。

 

出典 wikipedia

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