沖縄戦の真実 捏造された捨石作戦

普天間基地移設問題などで、様々なニュースが飛びかい、議論の的ともなっている現在の沖縄。

米兵が引き起こす事件や事故などが取り沙汰され、基地移設に伴う抗議運動なども良くマスコミに取り上げられています。

このような問題が扱われる際、必ず取り上げられるのが、沖縄ばかりが日本の犠牲になっているというご意見です。

米軍基地の負担割合に、太平洋戦争中、多大な民間人の犠牲を出した点などがその意見の根幹をなしていますが、果たして先の大戦において本当に沖縄は本土の「捨石」として利用されたのでしょうか?

私にはどうしてもこの点が疑問として残っております。

そこで本日は戦時中、日本国土における最大の激戦地となった沖縄戦についてお話してみたいと思います。

沖縄戦 捏造

 

沖縄が戦場となったのは、太平洋戦争(大東亜戦争)末期の1945年(昭和20年)の春のことでした。

昭和17年のミッドウェー海戦敗北以来、負け戦続きの日本は、ついのその南端、沖縄への連合国侵入が時間の問題となっておりました。

連合国とすれば、沖縄を陥落させ本格的な日本本土攻略への足掛かりを作ろうという目論見でしたが、日本は沖縄での戦いを有利に進め、和平の切っ掛けにしたいという願いがあったようです。

和平の交渉は、ある程度勝敗が決した段階で行われるものとお考えの方も多いと思いますが、より有利な交渉を行うため、敗戦色濃厚な側も一矢報いたタイミングで行うのが通常であり、日本はこの沖縄戦を和平への最後のチャンスと考えていたのです。

実際に戦闘に参加した兵数はアメリカ軍54万人に対して、日本軍は11万人と圧倒出来な差がありましたが、当時の日本の状況を考えれば、これは精一杯の兵力を導入したと言って良い状況でした。

そしていよいよ、戦いが始まります。

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アメリカは海と空から狂ったような数の爆弾、砲撃を沖縄に加えて行きます。

そして有りったけの弾薬を撃ち尽くした彼らは、4月1日の朝、遂に沖縄の土を踏みます。

初めての本格的な日本領土への侵攻であるため、上陸したアメリカ兵もかなりの抵抗を予想していましたが、この時、日本軍からの抵抗は一切なかったと伝わります。

実はこの時、日本側はアメリカ軍を沖縄の内部に引き込んでから戦闘を行う「寝技作戦」を実行しており、本格的な戦闘が始まったののはアメリカ軍上陸から1週間が過ぎてからでした。

アメリカ軍は沖縄北西部より上陸を果たしており、まず北側を平らげて行きます。

北部を制圧したアメリカ軍はその後徐々に南下を始め、日本軍の作戦本部のある首里に向かい、進軍を続けていくのでした。

その間も壮絶な戦闘が各地で繰り広げられ、当初の作戦通り和平への道を切り開くための総攻撃も2度に渡り敢行されますが、アメリカの圧倒的な物量の前に日本は圧倒されて行きます。

そしていよいよ、アメリカの軍勢が首里に近付き、戦いは最終決戦の様相を見せ始めます。

この際の戦闘の凄まじさは、古今に例を見ないものであったと言われおり、この頃のアメリカ軍の進軍スピードは一日僅か100m程度、一歩進む度に日本軍からの激しい反撃を受けるという状況でした。

また、夜間に日本兵が日本刀を振り回しながら乱入するなど、神出鬼没のゲリラ戦が展開され、多くのアメリカ兵が精神に異常をきたすなど、正に地獄の様な有り様となっていたのです。

しかしながら、この必死の抵抗も長くは続かず、アメリカ軍の沖縄上陸から約二ヶ月後の5月29日、遂に首里が陥落します。

沖縄戦 特攻隊

 

この時の既に、日本軍は2/3以上の兵力を失っていましたが、総司令官牛島満陸軍中将は、更に南下しながら、戦闘を継続する決定をします。

南部には民間人が多く避難していたため、首里で踏み止まるべきという意見もあったようですが、結局は残存日本軍と民間人たちは共に南へ、南へと逃れて行きます。

既に殆どの兵力を失った日本軍でしたが、その後も必死の抵抗を続け、6月18日には米軍司令官バックナー中将を戦死させるなどの戦果さえ挙げているのです。

ところが、このバックナー司令官の死によりアメリカ軍の攻撃は容赦のないものへと変化し、多くの民間人を含む死傷者を出す結果となってしまうのです。

そしてついに日本軍と民間人は沖縄の南端へと追い込まれ、逃げ場のない状況で壊滅的な最期を遂げることとなるのです。

また総司令官の牛島中将も、この事態を受け、陣を張った洞窟内で割腹による自決を果たし、沖縄の大激戦は幕を閉じるのでした。

このような経緯を辿った沖縄戦に対して、

●何故民間人を戦闘開始前に避難させなかったのか。

●アメリカ軍を引き込んでからの戦闘は、民間人に犠牲を出すことを前提としているのではないか。

●首里陥落際、軍人のみ玉砕をしていれば、これ程の被害が出なかったのではないか。

●沖縄人ばかりが犠牲になったのは何故か。

●日本にはもっと沖縄戦に裂ける兵力があったのではないか。

など、沖縄が捨石にされたと主張する理由は確かに存在します。

ではこの捨石作戦疑惑についての検証を進めて行きましょう。

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●何故民間人を戦闘開始前に避難させなかったのか。

実は沖縄戦の開始以前、総司令官の牛島中将は島民を避難させるべく行動を起こしておりました。

しかし、輸送に使用する予定であった対馬丸を始めてとする輸送船が攻撃を受け、この計画を実現することが出来なかったというのが実情です。

●アメリカ軍を引き込んでからの戦闘は、民間人に犠牲を出すことを前提としているのではないか。

これに関しても、止むを得ない事情があります。

本来、沖縄戦に臨むに当たり、軍部は更に一師団(第9師団 1万~3万人)の兵力を追加する予定でした。

しかし、想定外のレイテ島へのアメリカの進軍により、急遽この兵力を台湾に送らなければならかったのです。

この報せを聞いた牛島中将たちは衝撃のあまり言葉を失ったとの記録があり、水際でアメリカ軍を防ぐのは不可能であるとの判断から持久戦へと持ち込んだことが窺えます。

●首里陥落際、軍人のみ玉砕をしていれば、これ程の被害が出なかったのではないか。

この件に関しては、牛島中将を非難する意見が非常に多く、民間人を巻き込んで戦闘を泥沼化させようとしたのでは?という酷い意見まで聞かれます。

しかしながら、牛島中将は先に述べて通り沖縄の一般市民を疎開させるべく努力しておりましたし、首里での作戦本部工事においても自ら工事を手伝うような人柄の方であり、安易に民間人を巻き込むような作戦を立てる方ではないはずです。

また、当初の計画では民間人は沖縄北部に避難するよう指示が出されていましたが、戦闘のあまりの激しさと、混乱により南部に向けて逃げ出す者が多かったという事情もあるようです。

そしてここからは私の想像になりますが、沖縄戦においてはアメリカ兵による民間人の殺傷、女性への暴行も決して少なくなかったため、投降したとしても、彼らの命や身の安全が保障されるものではなかったようです。

そうなれば、首里で玉砕して名誉の戦死を遂げるよりも、守れるところまで島民を軍が守るべきではないのか。

完全な負け戦の混乱の中、牛島中将の心にこうした考えが芽生えたのではないでしょうか。

残されている彼の手紙や資料から見てとれる牛島中将の人間性からは、こうした解釈が妥当であるように思えてならないのです。

ここで当時の日本軍幹部がどのような心境であったから知るために、首里陥落時に亡くなった大田実海軍中将が最後に送った伝文を現代語訳・要約したものをご紹介致します。

以下、大田実海軍中将よりの伝文。

本来は私が報告する立場にはないが、現状を見過ごすことも出来ないので知事に代わりご連絡する。

私たち軍は沖縄戦開始以来、その余りの戦いの苛烈さに、殆ど民間人のことを顧みることが出来ずにいた。

しかし民間の方々は、積極的に戦闘への協力を行い、家や財産を焼かれても、戦いの邪魔にならぬよう努力を続けてくれています。

しかも女性たちは、率先して看護婦や炊事役はもちろん、砲弾運びに切り込み隊への志願までしてくる方までいます。

中略

このように沖縄の人々は、日本人としてひたすら国のために尽くしているのです。

もはや食料も底をついていますが、沖縄県民はこのように戦い抜きました。

今後、沖縄県民に対し、特別のご配慮をお願いしたい。

この伝文が物語る通り、当時の沖縄では軍と民間人は一体になって、祖国を守るために命を懸けていました。

牛島中将を評価するにあっては、こうした情報も鑑みた上で、厳正なご判断をお願い出来ればと思います。

●沖縄人ばかりが犠牲になったのは何故か。

これも大きな間違いがあります。

日本側の死者・行方不明者は約19万人とされていますが、その内に7万人近くが本土から派遣された兵士たちでした。

●日本にはもっと沖縄戦に裂ける兵力があったのではないか。

この点が最も沖縄戦を捨石作戦と呼ばせる要素になっているように思いますが、これも誤った情報です。

確かに台湾に一個師団を派遣してはいますが、沖縄戦に向けて海軍の虎の子、戦艦大和も片道の燃料のみを積み、決死の出撃を果たしております。

また、菊水作戦と呼ばれる大特攻作戦も敢行され陸海軍計1,900機もの特攻機が沖縄の救うために飛び立っています。

私の大叔父が飛び立ったのもこの作戦であり、決して本土の人間は沖縄を見捨ててなどいないのです。

このように、沖縄戦が捨石作戦ではなかったという真実の証拠は、少し調べれば数多く出て来ます。

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しかしながら、テレビの報道を見ても、こうした情報は殆ど紹介されず、捏造された情報ばかりが流されているのです。

ここでも、左翼的な思想に支配された日本マスコミの本性を垣間見ることが出来ますよね。

また、こうしたマスコミによる捏造は、現在の情報にも巧みに組み込まれています。

ニュースなどで、沖縄の米軍基地の負担率は日本全体の74%に及ぶという情報が流されていますが、これは米軍が単独で駐留している基地という意味に過ぎません。

自衛隊と共に米軍が駐留している基地の割合を合わせれば、沖縄の基地負担率は何と23%程度になりますから、これは明らかに悪意のある情報操作ですよね。

聞く話によれば、普天間基地移設問題などでデモ活動を行っている方々の大半は県外の人間であるとも言いますし、「沖縄を日本から独立させたい・・・」と本気で画策する左翼たちの活動は益々活発になって来ているようです。

大戦当時アメリカは、沖縄県民と本土の人間の中を裂いて、攻撃の突破口を開くと言う作戦を採っておりました。

戦争で沖縄が捨石に使われたというお話も、基地負担率の捏造情報も、沖縄の方々の感情をコントロールしようとする者共が意図的に流したものと考えれば、とてもツジツマが合いますよね。

今も昔も変わりなく、沖縄は日本の国土であり、沖縄の方々は大切な仲間です。

沖縄の方々が、左翼たちのプロパガンダに惑わされることなく、正しい選択を行って頂くことを心より願っております。

 

出典 wikipedia

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