日本が太平洋戦争に向かった本当の理由を考える

誰もが学校で学ぶ日本の歴史。

何を勉強して来たかな・・・と考えると、明治維新以降の近代史が異常に影が薄いとは思いませんか?

これは何も、あなたが授業を聞いていなかったという理由によるものではありません。

太平洋戦争 日本

 

この期間の歴史が教科書の最後の最後に回され、時間が足りないというのも一つの理由ではありますが、最大の理由は、この近代史が教師の方にとって、最も教え辛い、教えたくない時代であるからです。

明治以降の歴史、特に外交史については、非常にデリケートな部分が存在します。

それは主に日清戦争から太平洋戦争終結に至るまでの期間であり、その解釈の仕方が国ごとに、いや、個人の間でさえ大きな差があるからなのです。

この期間の歴史を、教師が自分の考えを交えて迂闊に生徒に教えれば、親からクレームが来る、学校やそれに係る団体からクレームが来る等々、非常に教え辛い歴史になってしまっているのです。

しかし、平安時代よりも、鎌倉時代よりも、江戸時代よりも、現代に生きる私達にとって近代史が重要であることは自明の理ですよね。

現在のような教育の実情では、しっかりとした歴史認識を持つ大人が生まれて来る訳がありません。

そこで本日は、外国が解釈したがっている近代史と、当時の日本人の多くが支持していた近代史を比較しながら、日本が太平洋戦争に向かった本当の理由を考えて行きたいと考えています。

※本ブログは誰にでも判り易くがモットーなので、かなりザックリとした流れの説明となります。より詳細な流れが知りたい方は、歴史系サイト様などでご確認下さい。但し、先に述べたように歴史の認識は語り部により大きく異なりますので、必ず異なる見解のサイトを見比べ、あなたがどちらの歴史を信じるかを、自分の意志で決めて頂ければと思います。

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ではまず、外国が解釈したがっている歴史(学校が教えたがっているものに近い歴史)から。

明治維新を終えた日本は列強諸国(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア等)に対抗するべく国の強化に一生懸命。

そんな折り、中国(清)との間に、朝鮮半島の問題でトラブル発生!

朝鮮の利権がどうしても欲しい日本は、中国と戦争を始め、朝鮮半島と中国の一部(遼東半島)を奪い取ります。

その後は、遼東半島が欲しいロシアと対立し、一端は手に入れた遼東半島を返還するも、日露戦争が勃発。

見事に強国ロシアを倒した日本は勢い付き、その後の第一次大戦での戦勝国となった上、更に中国で版図を広げていく。

しかしその後、満州の支配に反発した中国人との間に戦争が発生。(原因は日本が自作自演で中国から攻撃されたフリをしたとされる)

やがてこの争いは日中戦争に発展していくが、日本軍のあまりの凶悪さにアメリカ、その他の連合国が激怒。

経済封鎖等の制裁を日本に与えたところ、ある日当然、ゼロ戦が真珠湾に飛んで行き、爆弾を投下。

宣戦布告もないまま日本は無謀な戦争に突入していくのだった。

各地で大量虐殺を重ねながら調子こいていた日本だが、徐々に戦況は悪化していき、沖縄を落とされ、東京を焼かれ、広島・長崎に原爆を落とされてついに降伏。

悪の権化のような軍国主義を反省して、ご迷惑を掛けた近隣諸国に謝罪の日々を送っているのです・・・。

恐ろしい程にザックリですが、これが外国に都合の良い歴史の解釈です。

まるで悪魔のような日本の振る舞いが描かれていますが、これを行ったのは、映画の悪役でもなく、織田信長でもなく、私達の祖父、曾爺さんたちとされているのです。

そうなのか・・・僕らの爺さん、ご先祖様は悪鬼羅刹のような者達で、僕たちは世界に対してその罪を未来永劫、反省し続けなければならないのかぁ・・・・

そんな訳ないだろ。

太平洋戦争 共産主義

※陸上自衛隊HPより引用

では、外国が押し付けてくる歴史ではなく、この時代を生きた、私たちの先祖から見た歴史はどのようなものだったのでしょう。

明治維新直前、アジア各国は列強諸国(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア等)の植民地支配に喘いでいた。

それは西洋諸国が武力を背景に脅しを掛け、不平等な条約を結び、アジアの国々を食い物にしようする恐ろしい計画だった。

その危機をいち早く察知した日本人は、徳川幕府を倒し、明治維新に成功。

しかし、その新政府は到底列強諸国に対抗出来る実力は有しておらず、強くなること、どうしたら日本の独立を守ることが出来るかを模索し続けていた。

そんな折り、自力で近代化を成功した日本に、そのテクニックを学びたいという申し出が朝鮮から入る。

その要請に応じて、日本は教育用の軍隊を派遣するも、朝鮮国内でクーデター勃発。(1882年 壬午軍乱)

この騒ぎで、日本大使館は焼かれ、多くの日本人死傷者を出すこととなる。

当時の朝鮮は中国の属国であったため、非常事態収拾のために、朝鮮は中国にもクーデターの鎮圧を依頼し、朝鮮の地で中国軍と日本軍がバッティングしてしまうこととなる。

しかし日本軍は、このクーデターの鎮圧を中国に譲ります。

その後も朝鮮では、不安定な状況が続きますが、貿易等の要所でもあったため、日本人は滞在し続けている。

そんな中、再度のクーデター勃発。(1894年 東学党の乱)

前回のクーデターで日本人に多数の死者を出したため、日本は護衛の兵を僅かに送り込むだけに留め、中国のクーデター鎮圧を静観していたました。

しかし、中国軍はクーデターを鎮圧した後の朝鮮への駐留を続けるばかりか、日本軍に攻撃を開始したのです。

日本としては、北から迫るロシアから自国を守るためにも、朝鮮には中国から独立した近代国家となって欲しかった。

その上、プライドの高い侍たちが不当な攻撃を受けたのです。

流石にこの中国のからの攻撃を無視することも出来ず、日清戦争が始まったのです。

そして結果は日本の大勝利。遼東半島の領有権を手に入れることとなります。(下関条約)

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しかし、一週間もしない内に、ロシア、フランス、ドイツがこれに反発。

遼東半島を返還しなければ、3国で日本を責めると脅したのです。(三国干渉)

流石に日本もこれには逆らうことが出来ず、遼東半島を返還しますが、3国は中国からお礼として遼東半島を借りることとなったのです。

これは日本にとってあまりに納得がいかない事態ですよね。

そんな衝撃も冷めやらない中、中国では国民による外国勢力に向けた反乱が勃発。(義和団の乱 1900年)

各国は共同してこの反乱を制圧しますが、そのどさくさに、ロシアは満州(朝鮮の直ぐ北)を占領してしまうのです。

先にも述べましたが、当時は正に国取り合戦の時代。

満州を奪い取ったロシアが朝鮮に進み、日本にやって来るのはもはや時間の問題となったのです。

そして更に悪いことに、これを機に朝鮮は実質的なロシアの支配下に入ってしまう。

これは朝鮮が、三国干渉を受けて遼東半島を返還した日本を見限ったことを意味します。

朝鮮がロシアの手に落ちれば、次は日本の番であることは、もはや明確。

当時のロシアと日本の国力の差は、

・兵力 ロシアは日本の2倍

・軍艦の数 同じく2倍 

・戦費はロシアが日本の1.5倍 ・国力に至ってはロシアは日本の10倍以上と、

まさに子供が大人に喧嘩を挑むような状況にあったが、黙って植民地になるならば玉砕覚悟で戦うのが日本人。

ついに日露戦争が開戦するであった。(1904年)

この戦力差が示す通り、この戦いは正に凄惨さ極めるものであり、日本人にも多くの犠牲が払われた上に、日本は資金も底を付き、諸外国に大量の借金をすることにもなってしまう。

※ちなみも日本がこの借金を返し終わったのは、1980年代になってからというだから凄い。

そして正に身を削る思いで戦ったこの戦争に、日本は辛くも勝利を収めるのであった。

また、この戦争は歴史的に非常に大きな意味を持つとされている。

それは、黄色人種が歴史上、初めて白人の国家を倒した戦争であったからだ。

しかしこの日露戦争が生んだ、日本の膨大な借金と、白人に勝ってしまったという事実が日本を更に苛烈な運命へと導いていく。

太平洋戦争 アメリカ

※陸上自衛隊HPより引用

その後、第一次世界大戦(1914年~)を経て、時代は流れていくが、相変わらず中国は列強諸国の食い物にされていた。

しかし、そんな列強の中に、「あの国」の姿がなかったのである。

それはアメリカ。アメリカも帝国主義を前面に押し出し、メキシコやグァム島、フィリピンなどを手中に収めていたが、既に多くの国が入り込んでいる中国には触手を伸ばせないでいた。

日露戦争の勝利により満州近辺の利権を抑えた日本であったが、その財務状況はボロボロ。

中国での活動費用は既に底を尽きかけていたのだ。

そんな時、中国の利権に強い野望を持つアメリカが、日本と満州の共同運営の話を持ちかけくる。

一度はこの話に乗り掛けた日本であったが、日露戦争で多くの日本人の血を流しながら、お金のために多大な犠牲と引き換えに得た利益を手放すのは、戦死者に顔向けが出来ないと、この話を断ってしまう。

当時の白人社会は、黄色人種に対して非常に厳しい差別意識を有しており、アメリカなどで生活する日本人は酷い迫害を受けるなどが当たり前の時代。

そんな時代背景の中、黄色い猿に美味しいビジネスの話を断られたのであるから、アメリカのプライドが傷付かない訳がない。

こうして徐々に日本とアメリカの関係は悪化していくだった。

そして時代は動く。

盧溝橋事件の勃発である。(1937年)

満州近辺にいた日本軍が、中国軍から攻撃を受けたのである。

これに対しても、日本は紳士的な対応を行ったが、(もちろん、日本が仕掛けた自作自演という話は大ウソ)

中国からの攻撃は止まずに日中戦争へと発展していく。

この戦争はゲリラ戦となり泥沼化していくが、ここに更に悪い状況が訪れる。

日本の相手、中国軍がソ連からの影響を受け、共産化したのだ。

当時から、共産主義に強い脅威を抱いていた日本はこの戦いから引くに引かれなくなってしまう。

そして更に悪いことに、アメリカは中国軍を支持。

後に共産主義との熾烈な戦いを繰り広げるアメリカだが、この当時はその危険性をまだ認識していなったのだ。

長引く戦いに疲弊し始めた日本は、中国軍の補給路を断つためにフランス領であるインドシナを抑えようとするが、これがアメリカの逆鱗に触れ、石油の輸入を禁止するという経済制裁を発動される。

日露戦争以来かさむ膨大な借金、泥沼化する中国戦線、経済制裁により国内の石油はあと2年しかもたない。

このまま中国に敗北すれば、ソ連は必ず日本に侵攻してくるだろう。

また、アメリカ、イギリス、フランス等の国々も黄色人種の中で目立ち過ぎた日本をただで済ます訳がなかった。

このまま石油を断たれて自滅するの?

それとも戦争して華々しく散るの?

これが連合国側が日本に突き付けた選択だったのだ。

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そして日本は真珠湾攻撃へと向かう。

こうして日本人は、思い上がった白人たちに意地を見せるため、また共産勢力の侵攻を防ぐために、そして、植民地支配されたアジアの国々を解放するために、勝ち目のない戦いに挑んでいくのだった。

これが先の戦争に関して日本が歩んだ道のりである。(日本人から見た)

こうした流れをみても、まだあなたは、この戦争を侵略戦争と呼ぶことが出来るだろうか?

白人文明に対する人種戦争、共産主義に対する戦争、こした見方が出来ないだろうか?

ちなみに終戦後、日本を占領していた、GHQのトップダグラス・マッカーサーは、後に公の場で、太平洋戦争は日本が自衛のために行った戦争であったと明言している。

最前線で日本と戦い、占領していた男が自らこれを認めたのだ。

また、この戦争中、日本はアジア各地で残虐非道な行いをしたこととなっているが、果たしてこれも事実なのだろうか。

南京大虐殺

日本はもちろんこれを歴史的な真実と認めていない。

当時の証拠写真とされるものは、その殆どが合成や関係のない写真であったことは、多くの書籍において検証されている上、被害を受けたとされる中国人の人数は当時の南京の人口を遥かに上回った人数であったりと、その信憑性は非常に低い事件となっている。

その他中国での残虐行為

各地の中国人が日本軍から被害を受けたと主張しているが、こうした行為を行っていたのは日本軍ではなく、中国の軍隊であるとの証言が多数ある上、日本軍は非常に紳士的だったとの証言も多い。

また、当時日本が傘下においた地域に対して我が国は、自国の財政が困窮する中、多額の資金を叩いてインフラ整備などを行っている。

蹂躙したはずの地域にこんなことをするだろうか。

また満州支配に関しても、万里の頂上から外側の満州は当時、中国の一部とは認められておらず、侵略には当たらないはずである。

更には、日本が建国したとされる満州国の皇帝は満州人であるし、そこ高官たちも全て満州人であり、日本が独立を支援したという言い方が公平であるはずだ。

なお、満州国内は安定した統治がなされていたとの証言は数多く、管理人の親類にも当時満州に居住していた者が数人いるが、その誰もが中国人との関係は良好なものであったと語っている。

こうした証言を裏付ける証拠としては、当時のローマ教皇は、中国大陸における日本軍の紳士的な行いを賛美し、世界中のカトリック教徒に日本軍を援助するよう要請しているという事実もある。

韓国の従軍慰安婦

日本は従軍慰安婦の存在を否定している。

また元従軍慰安婦であったと自称する者達の証言は曖昧な点が多く、その証言内容もコロコロ変わっている。

有名な例としては、日本軍に拘束されていたとする期間が終戦後2年経った時期まで続いたと証言したり、連行されたとする場所に当時日本軍が居なかったりと、その食い違いは甚だしい。

東南アジアでの残虐行為

現在の東南アジア諸国の殆どは、大戦当時、西洋諸国から解放してくれたとして日本に対して感謝の意を示しており、国によっては子供に日本人の名を付けている場所もある程。

虐殺行為を行った国に対して、こうした行動をとるであろうか。

シンガポールなどで抗日ゲリラの摘発・処刑が大虐殺と報じられているが、ゲリラ(民衆にまみれた攻撃部隊)を掃討するのは致し方ないように思える。

このように戦時中に日本が行ったとされる残虐行為は、後にねつ造、情報操作された可能性があるものが殆どなのである。

歴史は勝者によって作られるもの。

これくらいの操作があっても何の不思議もないのではなかろうか。

太平洋戦争 独立

※陸上自衛隊HPより引用

確かに歴史認識は非常に難しい部分がある。

同じシーンを見ていても、立場の違いによって見方は全く変わってしまうものであるし、過去のこととなれば真実を完全に発掘することは不可能に近い。

現在の日本を見ても、人を傷付けたり、殺したりする馬鹿者は残念ながらおり、戦争と言う混乱に乗じて蛮行に出た者が一人も居なかったとは思えない。

しかし、私たちの祖父、曽祖父たちの多くが、世界各国で伝えらえているような残虐な行為を行って来たとは到底信じることが出来ない。

阪神淡路大震災、東日本大震災においても、暴動一つ起こさず、助け合っていた我が国の民。

皇軍(天皇陛下の軍隊)として高い誇りを持ち、捕虜になるくらいなら死を選んだ人々が、女性や子供に対して残虐な行いをするだろうか?

もう一度言うが、歴史の完全なる真実を明らかにすることは極めて困難である。

しかし、祖国のために命を懸けて戦ってくれた方々の名誉を傷付けることだけは、決してあってはならない。

このことを踏まえた上で、あなた自身の歴史認識を築いて頂ければと思う。

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