特攻隊について 隊員たちの高潔な精神に想いを馳せる

太平洋戦争で最もアメリカを恐怖させた日本の作戦として知られるのが、特別攻撃、つまり「特攻」です。

爆弾を満載している爆撃機が、死を恐れず突っ込んでくるのですから、やられる方にしてみれば、これは正に身も凍るものであったに違いありません。

特攻作戦

 

しかし最近、この特攻を自爆テロと同じ様に考えている意見・作品を目にすることがあります。

そうした作品によれば、苛烈な国粋主義教育により、死を恐れる心が麻痺した兵士たちが、敵に飛び込んでいったということになっています。

また、リベラルな方々に言わせれば、特攻への参加は強制であったとされています。

嫌がる人間を無理やり飛行機に乗せた訳ではないでしょうが、拒否すれば、自分が罪に問われる、家族が嫌がらせを受けるという状況があり、緩やかなる強制がそこにあったとされています。

太平洋戦争で命を散らした特攻隊員の数は陸軍、海軍を合わせて、14,000人を超えるとも言われています。

これ程の数の兵士たちが、先に述べたような理由で尊く、若過ぎる命を散らして行ったのでしょうか?

私にはどうしても納得することが出来ませんでした。

そこで本日は、彼らがどのような想いで、生きて帰還できない任務を全うしていったかについて考察してみようと思いました。

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私がこのような衝動に駆られた切っ掛けは、遠い親族に特攻で命を散らした方がおられたからです。

これまで靖国神社へのお参りくらいはしておりましたが、彼が特攻へと飛び立っていった基地の跡には赴いたことがありませんでした。(当然、遺骨は帰って来ていません)

そんな中、百田尚樹氏の「永遠の0」の映画を見る機会を得、特攻に行った親族のことをより深く知りたいと思うようになったのです。

ここまで書くと、まるで「永遠の0」のストーリーそのものの様ですが、現実はそこまで私に優しくはありませんでした。

亡くなった親戚(以下 大叔父)に関する資料は、手紙、遺品も含めて一切残っておらず、70年という時間の流れの威力を思い知らされることとなりました。

何か手掛かりになればと思い、靖国神社の遊就館、国分基地跡、知覧の資料館と巡り、特攻に行かれた方の遺品や遺書、手紙などに触れることが出来ました。

特攻 手紙

 

その中で私が見出した一つの結論は、洗脳教育により盲信的に突撃を行ったという事実は無かったということです。

各資料館ではもちろんですが、現在ではインターネットでも、特攻隊員たちの手紙や遺書を閲覧することが出来ます。

当時は厳しい軍部の検閲があり、手紙に本心を書くことが出来なかったという説が流布していますが、生き残られた隊員の方によれば、基地の機関を通しての郵便物に検閲があったものの、普通の郵便であれば検閲を回避出来たとのことであり、多くの隊員が普通郵便を利用して手紙を出していたのです。

手紙の内容は、当然ながら個人により様々ですが、その内容からは、高い知性と教養を感じさせられるものが殆ど(見た限り全て)である上、大学在籍中に学徒動員で任務に就いていた方も多く、一方的に押し付けられた価値観を鵜呑みするような者は殆ど居なかったように思えます。

また、「立派に散って来ます」「靖国で会いましょう」等の勇ましいフレーズの中にも、父や母、妻、兄妹に対して心配を掛けまいとする思いや、本当は死にたくないという思いが行間に溢れ出ており、喜んで死を迎えようという気持ちは微塵も感じることが出来ませんでした。

そこで頭を擡げて来るのが強制、あるいは、ゆるやかな強制説なのでしょうが、生き残られた方の証言や、特攻を題材にした作品などにも描かれているように、発進後に不時着することも不可能ではなく、心の底から死を回避しようとすれば出来ない状況ではなかったように思えます。

更には、戦後にアメリカ軍が行った聞き取り調査の結果にも「入手した大量の証拠や口述書によって大多数の日本軍のパイロットが自殺航空任務に、すすんで志願した事は極めて明らかである。機体にパイロットがしばりつけられていたという話は実際にそういうことが起きたとしても、一度だけだったであろう。」との記録が残っています。

では、14,000人もの前途有望な若者たちは、死にたくないという強い想いを抱きながらも、生還の見込みのない任務に、何故飛び立っていったのでしょうか。

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ここからは完全な私見となりますが、当時の日本、いや、戦前までの日本には、自分の命を他者のために散らすことを美徳であるという精神が脈々と受け継がれて来ていたように思えます。

戦国時代の記録を見ても、主君のため、家族のため、仲間のために生還の見込みのない戦いに挑んでいったケースは非常に多い上に、太平の世になった後も、家を守るための切腹や、死罪覚悟の仇討などが数多く記録されています。

これに加え、幕末に際しては、武士以外の階級の者たちが武士の身分に取り立てられることを強く望んでいたり、武士以上に武士らしい最期を遂げていたりする事例が数多く残されているのです。

こうした事例からみても、自分の命を主君や他者のために使うことが美徳であるという精神は武士以外の身分の者たちにまで幅広く浸透していたことが判ります。

そして明治の新時代を迎え、兵士となったものたちの殆ど全てが、この武士の精神、理想を受け継いでいたと考えることは出来ないでしょうか。

この様に申し上げると、理想に燃えて命を捨てて行った者たちの手紙から、なぜ「死にたくない」という気持ちが伝わってくるのだ?と思われるかもしれません。

やはり何らかの強制があったのではないかとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。

それでも私は、やはり強制はなかったように思います。

如何に理想に燃えていたとしても、死は絶対に恐ろしいはずです。

それが恐ろしくなければ、それこそ洗脳、盲信の類になってしまいます。

特攻に行かれた方々は、命を掛けた攻撃の先に楽園がないことも、日本の確実な勝利がないことも、重々承知して突撃されたのだと思います。

例え自分の死により、大きな成果が得られないとしても、生きたくて生きたくて仕方がなくても、自分の死が少しでも他者のためになるならば、その恐怖を押し殺して命を捨てることが出来る。

これこそが他の民族には決して真似できない日本人の気高さであり、心意気であったように思います。

私は決して戦争を肯定している訳ではありません。

ただ、自分の大切な者を守るため、祖国を守るために、多くの未練を残しながらも、身を犠牲にして戦った彼らの精神には、心から感謝と尊敬の念を贈りたいと思います。

人間にとって「生きたい」という欲求程、強い感情はありません。

こんな話が伝わっています。

特攻隊の上官が、明日出撃を迎える兵士たちの部屋を訪れた際、誰一人として眠らず宙を眺めていたと言うのです。

隊員たちにその理由を尋ねると、目を瞑ると雑念が湧き、覚悟が揺らいでしまうからだと答えたそうです。

そして翌朝には、多く兵士が昨夜とは打って変わって、爽やかな瞳で飛び立っていったと言います。

恐らく彼らは、一夜の内に全ての欲を、生きたいと願う気持ちさえも断って、他者のために命を捧げる覚悟を固めたのでしょう。

その覚悟は、人間の精神が達し得る、最高の高みとも言える境地であったと私は確信しています。

特攻 命

 

また私は、多くの人命を失いながら特攻作戦はあまり効果がなかったという見解にも否定的です。

幕末の薩英戦争(薩摩藩がイギリスに大敗した戦)においても、近代化していない薩摩軍は、イギリスに一方的な敗北を喫したと言われていますが、イギリスの見解は180度異なります。

命を捨てて日本刀を振りかざして突進してくる侍たちを、撃ち殺しながらもイギリス人は大いに恐怖を感じており、彼らが最後まで武力で日本を制圧しようとしなかったのは、この薩摩武士のような侍が全国で蜂起することを避けたかったためだと言われているのです。

これは決して私の個人的な見解ではなく、イギリスの士官学校では当たり前に教えられていることだそうです。

特攻に参加された方々、多くの犠牲者を出した各戦線の兵士の方々の命懸けの抵抗がなければ、日本はポツダム宣言受託以前に本土決戦を行うことになっていたはずです。

事実、アメリカが立てていた日本本土上陸計画(ダウンフォール作戦 和訳 日本滅亡作戦)では、終戦の年の11月に九州上陸(オリンピック作戦)、翌年3月には関東上陸(コロネット作戦)が予定されており、湘南海岸及び九十九里海岸に107万人の兵士と1900機の戦闘機による総攻撃、そして化学兵器の使用まで計画されていたのです。

もしそうなっていれば、日本人の犠牲は計り知れないものとなっていたでしょうし、このブログを読んでいるあなたが生まれてくることもなかったかもしれません。

その恐るべき計画の進行を遅らせたのは、他でもない彼らの命懸けの奮戦なのです。

太平洋戦争当時の日本を、戦った兵士たちを批判する者たちがいますが、祖国を守るため、大切な人たちを守るために命を懸けた方々の崇高な魂を貶めることは、絶対に許されない行為です。

そして、彼らのお蔭で生かされている私たちは、方々への感謝の心を忘れてはならないと共に、彼らが安心して眠れる日本を作る義務を負っています。

一年に一度くらいは、特攻隊に参加した隊員たちの高潔な精神に想いを馳せ、亡くなられた方々に手を合わせると同時に、子孫である我々が何をするべきなのかを考えてみては如何でしょうか。

 

大叔父殿へ

拙い文章にて大変に失礼致しました。

大叔父殿が守ってくれた日本をこれからも大切に育てて参ります。

ゆっくりと安らかにお休みください。

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